桜が咲いて……また桜は咲く

君に出会ったあの日を忘れない

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君に出会ったあの日を忘れない 「小説家になろう」

◆◆桜が咲いて……また桜は咲く

磨緒くんが東京に帰ってからの一か月間は瞬く間に過ぎ去った。あれから何度となくメールや電話をした。目の前にいる時とは違う何となく感じるもどかしさ。
磨緒くんが秋田に居る時はそれがもう当たり前のように感じていたけれど、いざ離れると少し寂しい。それでもほんの一か月の辛抱……それに引っ越しやら移動の手続きなんかで家にいる時間なんかほとんどない状態。でも、それがかえって良かったのかもしれない。

ようやくまたなれたこの秋田を、そして家族と離れる寂しさを日を追うごとに感じなくて済んだから……もしかしたら気持ちが揺らいでいたかもしれない。それでも私は決心したことを後悔したくはない。だから忙しい方がよかった。

三月の上旬、私はこの東京に帰って来た。辛い思い出しかないこの東京に……まだ山の様に雪が残る秋田とは違ってすでにもう春という暖かさを躰いっぱいに感じる。このうららかな心地よさが続いてくれることを願い一歩を踏み出した。

磨緒くんとは学校が終わってから、すでに契約してある吉祥寺のアパートで会う事になっている。不動産屋から部屋の鍵を受け取り、これから住むアパートの部屋に入った。初めてこの部屋を見た時は物凄くガランとしていたけど、今は大きな窓から差し込むやわらかな陽の光と今にも咲きだしそうに蕾を膨らませる桜の木が何となく心を落ち着かせてくれた。秋田からの引っ越しの荷物は三時ごろ着く予定、それまでに床掃除は済ませておきたい。感傷に浸っている時間はない。
「瞳、ファイト!」
自分に活を入れるように呟き、アタッシュケースを開いてジーンズを取り出しとりあえず着替えを済ませた。少し動けば汗ばむような陽気だったから上はシャツだけでも十分だった。オレンジのチーフで髪を後ろに纏(まと)め、途中で買い込んだ清掃用品を広げ掃除に取り掛かる。あと荷物が来るまで一時間半を過ぎた、やれるところまでやるしかない。電気、ガス、水道はすでに開栓済み、荷物が来れば片づけがある。大物は洗濯機、冷蔵庫位の物だ、これは業者さんが設置してくれるから問題はない。でも、日用品の雑貨小物はこっちで調達をしないといけない、やる事は山ほどある。
時間に追われながらも掃除をしているとドアフォンのチャイムが鳴った。
「え、もう荷物来ちゃったの」
慌ててモニター画面を見ると、ニカッと笑いヴィサインを出している麻美さんの姿が映し出されていた。
ロックを解除してドアチェーンを外し開けた。
「麻美さん」思いもしない麻美さんの姿を見てつい名を言ってしまった。
「良かったぁ、まだ荷物来ていないみたいで」
「も、もしかして手伝いに来てくれたの?」
「ま、あぁね。磨緒ったら補習で遅くなるからって連絡して来てね。それで住所頼りに来たんだけど、吉祥寺ってあんましこないから迷っちゃって……」

んもう、磨緒くんも。遅くなるなら連絡くれればいいのに……決して麻美さんが来た事が嫌な訳ではない、本当はホッとしている。ただ麻美さんの手までを煩わせてしまう事に申し訳なかっただけ。それでもやっぱり先に連絡は欲しかった。正直に……でも、麻美さんが次に言った言葉で私は、またやってしまったと恥をかく事になる。
「そうそう磨緒、何度も瞳さんに連絡入れたんだけどって言っていたけど、そんなにも忙しかったの」
「えっ」すぐに鞄からスマホを取り出した……磨緒くんからの着信が何回も入っていた……スマホはサイレントのままだった。あはははぅ……怒られるのは私の方かもしれない。「はぅ……」とため息をついた時スマホが鳴った。この着信音は磨緒くん、恐る恐るでると
「ようやく繋がったよ」といつもの磨緒くんの声が聞こえて来る。
怒ってはいないようだった、良かったと肩をなでおろす。
「わりぃ瞳、急に補習入っちゃって、麻美ねぇにも連絡して来てもらうようにしたんだけど……」
「うん、来てる……」「あと三十分くらいで終わるから」
「うん……」「あ、わりー先生来ちゃう、あとでそれじゃ……」あ、磨緒くん……ゆっくりでいいから……わ、私は だ、大丈夫だから……ふう、もう電話は切れていた。

磨緒から?麻美さんは呆れた様に言う。軽く頷くと
「瞳さんも大変よね、これからあの子たちの先生になるんだから」そう言われて改めてあの高校の教師になった事を再確認して「そうみたいね……」と返して苦笑いをした。
まもなく運送会社のトラックが到着して、あっという間に荷物が搬入された。その後、近くのコンビニから飲み物を買ってきて麻美さんと一休みした。窓から入るささやかな空気の流れが心地いい。

結局磨緒くんが来たのは、ある程度かたずけが終わりそうな頃だった。でもその方がかえって都合がよかったかもしれない。いくら恋人とは言え、見られたくない荷物は結構あるものだ。まだ麻美さんだったから良かったものの……下着の入ったケースなんか開けられたりしたらやっぱり恥ずかしい。でも麻美さんの意外な側面も知る事が出来たような……何と言うか、やっぱりいろいろ話をしてみないと解らない部分ってあるんだと思った。

「私あんまりこだわんないから」それを始め何の事か理解するのに少し時間がかかったのは事実。女二人きりになるとやっぱり話はコイバナに行ってしまうのは当然の道筋なのだろうか、私はあんまり……というか過去の事は話たくはないんだけど、麻美さんは意外と性格はサバサバしている様だった。昭人の事を真っ先に訊かれた「高校の時ね……」とはぐらかすと「やっぱりね。何となくそんな感じだったから」とあんまり追及はしなかった。その反面麻美さんは自分の事はよく話してくれた。中学の頃付き合っていた人の事とか、高校の頃は女子高で男子探しに飽きちゃったなんて……「同性でつきあっていた頃もあったよ」なんて聞かされると、私の方が興味深々とまでに訊き寄っていた。その辺りから初めに訊いた「こだわんない」と言う事の意味をようやく理解することが出来た。つまり彼女の恋愛対象は男女にこだわらないと言う事に。
それは、その人の何と言うかうまく説明できないけど、好みというか趣というか……そういうものだと感じていたからそれはそれでいいと。それでも従弟を愛してしまった私の方が罪が重いような気がする。しかもその従弟はこれから一年間だけど、教師と生徒という関係である事に……。
一か月ぶりに磨緒くんの姿を見た。たった一か月だったけど私にとっても磨緒くんにとっても、もう何年も会えなかったような気がする。もう何年も……
秋田に居た時とは違った雰囲気の磨緒くん、もう松葉杖もギブスもしていない。しっかりと自分の足で立っていた。
しっかりと
彼のそのまなざしはあの幼い頃の純粋なまま、静かにそして優しく私を包み込む。それでもお互いに歩んできた時間は二人を成長させてくれたんだと思う。だからまた私たちは寄り添う事が出来るようになった。いいえ、お互いの交差する時間があったからこそまたお互いを見つめあう事も出来た。
高校三年の夏、あの夏期教習で私に受け継がれた小さなお守り。その一つを私は磨緒くんに託した。
あの時どうして磨緒くんに片方を託したのかは分からない、本能といえばその言葉がそうかもしれない。でも、もしもそれが初めから決められていた事と考えればどうだろう。私たちの人生という時間の中でもうすでに決められていた事であったのなら、それは宿命と言えるだろう。
そう、私たちはすでに決められた時間の中で時を過ごし、そして運命という出会いの中で時間を共にする人に出会う。
私と磨緒くんが従弟である事は宿命。でも私がそして彼が愛する人と出会うのは運命だ。
宿命は宿る命、運命は運ばれる命。
宿命は変える事の出来ない命、されど運命は自分から赴かないと運ばれない命。
そう運命は変えることが出来る。
この東京で私は向田敦と出会い彼を愛した。でもこの愛を実らせる事は出来なかった……いいえ、初めからこの愛は実らせてはいけない愛である事を私は知っていた。だから、あの時東京駅のホームで敦から私は離れた。そのまま引きずる事の出来ない愛から逃れるために……
そして宿命を背負った愛へ赴いた。
本当にこの愛をすることはよかった事なのだろうか……その結果はまだ解らない。でも、また私はこの東京という街に戻って来た事は事実。彼、磨緒くんをちゃんと見つめるために……

本当の自分をもう一度……探すために。

あの小さな二つのお守りは「縁(えにし)」を結ぶお守り、お互いに運び合う運命という鎖を結ぼうとする。でも、その鎖の向く方向を決めるのは自分たちである事を私たちはまだ知らなかった。時にお互いを反発し合い、まったく違う方向に向くことさえある事に……

「縁(えにし)」は自分たちが織り成した想いなのだから……

 

時は巡り合う

君に出会ったあの日を忘れない

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◇◇時は巡り合う

カランカランと玄関のカウベルが鳴り響いた。俺らが朝食を済ませ、自分の部屋で支度をしている頃瞳が来た。

「おはようございます叔父様」

「お、早いなぁ瞳ちゃん。ちゃんと休んだのか」

その日の瞳はいつになく元気に

「もう、大丈夫ですよ。だってまだ若いんですもん」

「ハハハ、そうか一緒にしちゃまずいか」

「そうですよ」と明るく振る舞っていた。

「コーヒーでいいかい」

「ありがとうございます」

瞳はカウンターのスツールに腰かけカップに注がれたコーヒーを受け取った。

「義はなんか言ってたか」

「ううん、お父さんもう諦めたみたい。今朝も叔父様のところ行ってくるて言ったら「そうか」だって、ほんとぶっきらぼうに言うのよ。なんだかすねた磨緒くんみたいだったけど……」

「ハハハそうか、あいつらしいな。でもな瞳ちゃん、義も瞳ちゃんの事一番に思っている事は忘れちゃいけないよ」

「うん、お父さんも、お母さんも、私の事本当に心配してくれているから言ってくれたんだと思う。それに私、同じ事はもう繰り返したくないもの……みんなに迷惑かけっぱなしだったから……」

「そうか……」叔父さんは軽く呟く。

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Ⅱ 想いと現実と Ⅱ

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◆◆◆ Ⅱ 想いと現実と Ⅱ

 

窓辺に佇み、たばこに火を点けた。そして、ただ茫然と焦点が合わないまま外の景色を眺めた。窓から見える外の景色は何となく不思議な光景だった。空には東京では見る事も出来ない様な綺麗な星空が広がっているのに、時おり静かに舞い落ちる粉雪が目に映る。

こんなに晴れているのに……雪が……暖かさは何も感じられない、それどころかその輝く星空が外の身を刺す冷たさが、俺の体を心を一層苦しめた。

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君に出会ったあの日を忘れない Ⅱ思いと現実と

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◆◆◆ Ⅱ想いと現実と

真っ暗だと思っていたペンションには明かりが灯されている。叔父さんが帰っていた。いつもとは違う重く感じるドアを開け「ただいま」と何もなかったかのように、出来るだけ普通の声で言った。でもその姿を見れば何かあったことは一目瞭然、叔父さんたちは驚いて

「磨緒、どうしたんだその体」

無理もないだろうと思う。

なにせ叔父さんがここを出る時は片足にギブスだけの俺だったのだから。そして今は、左腕を吊るし片方の頬には大判の絆創膏が貼られている。その俺の後ろには、黙って俯(うつむ)いている瞳がいた。

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1話目からお読みいただけますのでどうぞご参照ください。

小説家になろう 君に出会ったあの日を忘れない

あらすじ

6年ぶりに母親の実家である秋田に訪れた磨緒は、叔父が経営するペンションの近くにあるスキー場でスキー初心者にもかかわらず、無謀にも上級者コースを滑走し暴走した。
成す術を失い恐怖と共に死をも予感した磨緒はある女性に救われ、左足を骨折したものの事なきを得た。
磨緒を救った女性、それは偶然にも幼い頃から知り合う従姉の瞳だった。未だに磨緒の脳裏にある瞳の姿はあのおかっぱ頭の男勝りの女の子。しかし、目の前に現れた瞳の姿はすっかり変わっていた。

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